短編小説 昭和のモテモテ男の2025年のタイムスリップ その2
竜二がこの未知なる2025年に降り立ってから、早くも半年が経過していた。 かつて銀座を肩で風を切って歩いていた「昭和の帝王」の姿は、今や見る影もない。テカテカのポマードで固めた髪は、美容室で教わった「マッシュウルフ」へと姿を変え、ヘアオイルで適度なツヤと束感が出されている。肩パッドの入った威圧的なスーツは捨て、肌馴染みの良いグレージュのオーバーサイズシャツにスラックスという、抜け感のあるファッションを見事に着こなしていた。
何より変わったのは、彼の「肌」である。 「男が顔に泥(クレイマスク)を塗るなど、腹切りものだ!」と最初は憤慨していた竜二だったが、今では化粧水、美容液、乳液の3ステップを朝晩欠かさない。ビタミンC誘導体の力により、タバコと夜遊びでくすんでいた肌は、驚くほどの透明感を取り戻していた。
「よし、今日も完璧だ」 洗面所の鏡に向かって、竜二はニヤリと……いや、かつてのニヒルな笑みではなく、口角を少しだけ上げる「爽やかな微笑み」の練習をしてから、家を出た。
カフェ店員・竜二の葛藤
生活費を稼ぎながら現代の若者の生態を学ぶため、竜二は表参道にあるお洒落なカフェでアルバイトを始めていた。最初は「いらっしゃいませ、子猫ちゃんたち」と客に声をかけ、店長からこっぴどく叱られたのも、今では良い思い出だ。
ある日の夕方。 シフトが一緒だった年下の女子大生アルバイト、結衣(ゆい)が、バックヤードで深いため息をついていた。どうやら、大学の人間関係と就職活動の板挟みでひどく落ち込んでいるらしい。
(……来た!) 竜二の内で、かつての昭和の血が騒いだ。 昔の彼なら、ここで迷わず結衣の肩を抱き寄せ、「バカな女だ、そんなちっぽけな悩み、俺が銀座のネオンごと忘れさせてやる」と強引に夜の街へ連れ出していたはずだ。それが「男らしさ」であり、女が求める「頼り甲斐」だと信じていたからだ。
しかし、竜二はグッとその衝動を飲み込んだ。 彼の脳裏に、現代の恋愛指南本で赤線を引いたページがフラッシュバックする。 『現代の女性が求めているのは、勝手な解決策の提示(マンスプレイニング)ではなく、ひたすら話を聞く【共感】である』
竜二は静かに深呼吸をすると、エスプレッソマシンで丁寧にカフェラテを淹れた。そして、そっと結衣の前にマグカップを置いた。
「結衣ちゃん、お疲れさん。……いや、お疲れ様。少し、休んだらどうかな」
結衣が顔を上げる。竜二は適度な距離(パーソナルスペース)を保ちながら、威圧感を与えないよう少しだけ腰をかがめ、彼女と目線を合わせた。
「色々、上手くいかないこともあるよな。俺なんかでよかったら、話、聞くよ? アドバイスなんて気の利いたことは言えないけどさ」
共感という名の魔法
結衣は一瞬驚いたような顔をした後、ぽつりぽつりと自分の悩みを話し始めた。 竜二は決して口を挟まなかった。「それはお前が悪い」「俺の時代ならこうだった」という、喉まで出かかった昭和の説教をすべて噛み殺し、ひたすら「そうか」「それは辛かったね」「よく頑張っているよ」と、相槌を打ち続けた。
気がつけば、30分が経過していた。 結衣は目を少し赤くしながらも、憑き物が落ちたようなスッキリとした笑顔を浮かべていた。
「ありがとうございます、竜二さん。なんだか、話を聞いてもらったらすごく楽になりました」 「そうか。それはよかった」 「竜二さんって、最初は背も高くて少し怖い人なのかなって思ってたんですけど……すごく優しいんですね。それに、なんというか……」
結衣は少しだけ頬を染めて、クスッと笑った。
「落ち着いてて、包容力があって……すごく、カッコいいです」
ドキン、と竜二の心臓が大きく跳ねた。 それは、銀座で何十人もの女に「竜ちゃん素敵」とチヤホヤされていた時とは全く違う、心の底からじんわりと温かくなるような、初めての感覚だった。強引に奪い取るのではなく、相手を尊重し、寄り添うことで得られる「信頼」という名のモテの形。
「……君の笑顔が見られて、俺も嬉しいよ」
竜二の口から自然と出たその言葉は、計算されたセリフではなく、本心からのものだった。
そして、新たな伝説へ
その日を境に、カフェでの竜二の評価は急上昇した。 「聞き上手で、清潔感があって、時折見せる昭和の古き良きジェントルマンな一面(レディーファーストなど)がたまらない」と、スタッフだけでなく常連客の間でも話題になり始めたのだ。 SNSでは「表参道の某カフェにいる、大人の余裕がエグいイケメン店員」として密かにバズり始めていることを、彼はまだ知らない。
帰り道、竜二は夕暮れの表参道を歩きながら、ふと見上げた空に向かって呟いた。
「男は黙って女を引っ張る……それも悪くなかったが。女と並んで歩き、共に笑い合う……この時代のやり方も、なかなか悪くないな」
すれ違う女性たちが、竜二の洗練された姿と、どこか大人の色気漂う横顔にハッとして振り返る。しかし、今の竜二はもう、ウインクを飛ばしたりはしない。ただ前を向き、新しい時代を生きる一人の「イイ男」として、堂々と歩き続けるのだった。

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