短編小説 昭和のモテモテ男の2025年のタイムスリップ
1960年(昭和35年)。高度経済成長の足音が力強く響き始めた東京・銀座で、鳴海竜二を知らない女はいなかった。
撫で付けたポマードの妖しい艶、仕立ての良い細身のスーツ、そして少し斜に構えたニヒルな笑み。銀幕のスターを彷彿とさせる彼の風貌は、すれ違う女性たちが思わず足を止め、ため息をつくほどだった。
「竜ちゃん、次はどこへ連れて行ってくれるの?」
腕に絡みつく美しい女たちを適当にあしらいながら、竜二は無造作にキャメルの煙草に火をつける。男は黙って女を引っ張るもの。強引さこそが愛情の証であり、男の最大の魅力だった。「俺についてこい」の一言で、すべてが許された。彼は自分が世界の中心であり、女は皆、自分の前では可憐な花のように従順になるのが当然だと信じて疑わなかった。
しかし、行きつけの高級キャバレーの重厚な扉を開けた瞬間、激しい眩暈が竜二を襲った。視界がグニャリと歪み、極彩色のネオンの光が渦を巻く。次に目を開けたとき、彼は見知らぬ巨大なスクリーンの下――2025年の渋谷スクランブル交差点のど真ん中に立っていた。
絶望の幕開け
「なんだ、ここは……」
天を衝くようなガラス張りの巨大なビル群、行き交う人々は皆、手元の小さな光る板(スマートフォン)を熱心に見つめている。竜二は混乱しながらも、特有の自信だけは微塵も失っていなかった。
「どんな時代、どんな場所だろうと、俺の魅力は変わらないさ」
彼はポマードでカチカチに固めた髪を撫でつけ、自信に満ちた足取りで未知の街へと歩き出した。
しかし、異変はすぐに起きた。
歩き疲れてふらりと入った、ガラス張りの洒落たカフェでのことだ。竜二は足を組み、ポケットから使い込まれたジッポライターを取り出して、煙草に火をつけようとした。隣のテーブルには、今風の可愛らしい女性が二人座っている。竜二は彼女たちに向かって、かつて百発百中だった得意のニヒルなウインクを投げかけた。
「お嬢さんたち、俺の火、借りるかい?」
低く甘い声で囁いた瞬間、女性たちの顔が露骨に引きつった。
「え、嘘、キモ……」
「ちょっと、店員さん! ここで煙草吸おうとしてる人がいるんですけど!」
「え?」
飛んできた店員に「店内は全面禁煙です。あと、他のお客様のご迷惑になりますので」と冷たく言い放たれ、竜二は追い出されるように店を後にした。かつては煙をくゆらせる伏し目がちな横顔で数々の女を落としてきたというのに、今やそれは単なる「迷惑行為」でしかなかったのだ。
通用しない『男らしさ』
気を取り直し、竜二は夜の街で直接声をかけることにした。1960年なら、少し強引に手首を掴んで「俺についてこい」と言えば、女は頬を染めてついてきたものだ。
通りを歩いていた、スタイルの良い女性に狙いを定めた。竜二はサッと彼女の前に立ち塞がり、壁に手をついて退路を塞いだ。いわゆる「壁ドン」の元祖のような、彼なりの強引かつ情熱的なアプローチだ。
「やあ、子猫ちゃん。一人で寂しい夜を過ごしているんじゃないのかい? 俺がこの街の一番いい店で、最高のお酒をご馳走してやるよ。さあ、行こうか」
竜二は手を差し出し、彼女の肩を抱き寄せようとした。
「……触らないでください!」
ピシャリと手を払われ、竜二は目を丸くした。女性は嫌悪感と恐怖を露わにして彼を睨みつけている。
「なんなんですか、いきなり。それにその服、肩パッド入りすぎだし、ポマード臭いし。今時、そんな『オレ様』みたいな態度、誰にもウケないですよ。距離感おかしいし、これ以上つきまとったら警察呼びますよ!」
「け、警察……?」
女性は足早に立ち去ってしまった。竜二は差し出した手を宙に浮かせたまま、呆然と立ち尽くした。
「俺が……フラれた? しかも『キモい』だと……?」
新しい時代の『モテる男』
自信を打ち砕かれ、街を彷徨う竜二の目に、ふと巨大なビジョン広告が飛び込んできた。そこには「2025年、今最も抱かれたい男」というキャッチコピーと共に、人気男性アイドルの顔が大写しになっていた。
竜二はその顔を見て、二度驚愕した。
色白で、毛穴一つない透き通るような肌。唇にはうっすらと艶やかなリップが塗られ、髪は風にサラサラとそよぐ柔らかいスタイル。そして何より、誰かを威圧するようなギラギラした目はしておらず、優しく、すべてを包み込むような柔らかい微笑みを浮かべているのだ。
「これが……今の『いい男』なのか……?」
ショーウィンドウに映る自分の姿を見る。テカテカに固めたオールバック、角ばった肩幅のスーツ、日に焼けた無骨な肌、そして「女は男に従うもの」という自信過剰な態度。
かつて「男の勲章」であった強引さや無骨さは、この2025年においては単なる「威圧的で清潔感のない、時代遅れのオジサン」の象徴でしかなかったのだ。
「男は黙って女を引っ張る……なんて、もう古いのか」
竜二は深くため息をついた。周囲を見渡せば、カップルたちは対等に笑い合い、男たちはレディーファーストというよりは、女性と同じ目線で優しく言葉を交わしている。強引さではなく、共感と清潔感が求められる時代。
竜二はポケットに残っていた煙草の箱を、そっとゴミ箱に捨てた。
敗北、そして新たな一歩
数日後。渋谷の大型ドラッグストアの片隅に、一人の男の姿があった。
「えっと……『化粧水』と『乳液』……? なんだそれは。俺の時代にはオロナインしかなかったぞ……」
かつての銀座の帝王・鳴海竜二は、眉間に皺を寄せながらメンズスキンケアコーナーで立ち尽くしていた。彼の髪からは強烈なポマードの匂いが消え、少し不器用ながらもサラリとしたナチュラルなヘアスタイルに変わっている。
「すみません、店員さん」
竜二は、以前のような偉そうな態度ではなく、少し照れくさそうに若い女性店員に声をかけた。
「その……男が肌を手入れするなんて柄じゃないと思っていたんだが、一番肌が綺麗になるやつを教えてくれないか。あと、最近の女性が喜ぶ『対等なコミュニケーション』とやらが学べる本を探しているんだが……」
店員はふふっと笑い、「もちろんです。ご案内しますね」と優しく応じた。
時代は変わった。かつての栄光も、古い男のプライドもここでは全く通用しない。しかし、竜二の心の底にある「女性にモテたい」という燃えるような情熱だけは、65年の時を超えても全く変わっていなかった。
「見てろよ、2025年。俺は必ず、この時代の『イイ男』に生まれ変わってやるからな」
新しい時代の価値観に完敗した昭和のモテ男は、化粧水のテスターを手に取りながら、次なる戦いに向けて静かに闘志を燃やしていた。

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