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フィルターなしのインドの現状を知ろう

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  インドの本当の姿を知る上で非常に有能な動画です。参考になります。インドの生の状況をフィルターなしで紹介していることに感謝します。    一般的なインドの労働者の状況をフィルターなしで知ることができます。 結論づけると、インドは中国のような発展は困難であるのは自明。中国後の製造大国はロボットを制した国になる。

短編小説 戦国時代へのタイムスリップ

 新幹線の心地よい揺れに身を任せ、彼はうとうとしていた。まどろみの中で意識が遠のき、やがて目を開けると、車窓の外の風景は一変していた。見慣れぬ田園風景、遠くに見えるのは時代劇でしか見たことのないような城下町。道行く人々は同じ日本語を話すものの、その言葉遣いは古めかしい。まさか、自分は過去にタイムスリップしたのか――そんな疑念が頭をよぎったが、どうやらそれは現実らしい。 一体、ここはいつの時代なのか。彼は道行く町人に、この地の殿様を尋ねた。町人はぶっきらぼうに「家康様よ」と答える。どうやら、ここは戦国時代、それも徳川家康が治める三河の地らしい。これは夢だ、そう思って自分の足を棒で叩いてみたが、鈍い痛みが走る。夢ではない。何が起こったのか。呆然と街を歩く彼の奇妙な服装に、人々は好奇の目を向けてざわついた。 その日の宿もなく、手持ちの金もない。彼は困り果て、ふと手元の万年筆とノートを売ることを思いついた。立派な店構えの問屋に入ると、店の主人は彼の格好に訝しげな視線を投げかけた。しかし、彼が万年筆を取り出し、さらさらとノートに「山」という文字を書いて見せると、主人の顔色が変わった。「これは一体、どこから仕入れたものだ? 南蛮品でもこれほど上等な物はないぞ!」 主人は小判を一枚差し出し、「これでどうかね?」と持ちかけたが、彼は首を振って立ち去ろうとした。よほど欲しかったのだろう、主人は慌てて小判を五枚に増やして差し出す。その申し出を受け、万年筆とノートを差し出そうとすると、主人はさらに彼の持っていたバッグまで欲しがった。そして追加で小判十枚を提示する。目の前の小判十五枚は、当面の生活資金としては十分すぎる額だった。彼はその場で商談を成立させ、懐に小判を忍ばせると、すぐさま近くの店で時代に合った着物を購入し、三河の街へと溶け込んでいった。 未来からの「予言者」 宿に滞在していると、奇妙な噂を聞きつけた侍が彼を捕らえにやってきた。不審人物として牢に入れられた彼だが、その「変な噂」に興味を抱いた家康が、彼との対面を望んだ。「お前はどこから来たのだ?」と家康が問うと、彼は未来から来たと答えた。「ならば、これから起こる未来を申してみよ」と家康は迫る。 彼は意を決して言った。「信長様は近いうちに美濃を平定し、その地を岐阜と名付けます。」 「では、将軍公はどうなる?」と家康が問う。...

ビートルズの伝記から考える:記憶の曖昧さと解釈の限界

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 ビートルズに関する伝記や評論は数多く存在し、半世紀も前の彼らの出来事や行動が多角的に分析されています。しかし、彼らのメンバーで存命なのはポールとリンゴだけになった今、ふと考えることがあります。半世紀も前の一瞬の出来事について尋ねられたとして、本人たちは果たしてどこまで覚えているだろうか、と。 私たちの日常でもそうですが、人の行動や感情は、ある意味で 突発的 なものです。その場の雰囲気で発した言動も少なくありません。それら一つひとつに、常に明確な論理性があるわけではないのです。 この話は抽象的に聞こえるかもしれませんが、私自身の経験に置き換えれば理解しやすいでしょう。小学生時代の出来事を全て詳細に覚えているわけではありません。野球や水泳の大会での苦しい練習や仲間との葛藤は記憶に残っていても、時間が経つにつれて、その時の感情とは異なる感情が残ることもあります。 このことをポール・マッカートニーに当てはめてみましょう。ジョン・レノンとの様々なやり取りも、今となっては懐かしい思い出かもしれません。伝記に書かれている感情は、当時の関係者の発言をもとに多角的に分析されたものですが、ポール自身にとって、伝記に記されているような深い思いからくる行動はごくわずかで、ほとんどは その場の流れ による出来事だったのではないでしょうか。さらに言えば、伝記で強調されている感情表現も、ある意味で誇張されており、今となってはそうした記憶や感情自体が薄れている可能性も十分に考えられます。 そう考えると、伝記などにおいて主人公の思いを深く洞察しようとすることは、ある意味で**「空(くう)」**を模索するようなものかもしれません。深く考えすぎても、必ずしも真実にはたどり着けない、とも言えるのではないでしょうか。

奇跡的な変身を遂げたアルバム「レットイットビー」

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(奇跡 その1 散漫なセッションが傑作に変貌)  このアルバムは、非常に奇跡的である。なぜなら、1か月にわたるセッションにおいて完璧な完成度に至らないままセッションを終わらせてしまう。誰も本気になって落としどころを見つけようとしない。本来ならゴミのようなアルバムで終わるものが、最後はフィルスぺクターの斬新なアレンジで1年を経ていつの間にか傑作に様変わりしてしまう奇跡。ファンは散漫な出来のプレ版や最悪なセッションのビデオや音源を手に入れながら、ビートルズ解体そして解散に突き進むことへの様々な思いを巡らせる。これが、秀逸なシナリオライターが作った舞台の演出ではないところが面白い。 (ジョンの脱退への序章)  このセッションは、ジョンにとっては最悪なものであったのは間違いない。なぜなら、ポールのアルバムと言っていいほど二人の提供する楽曲の質に開きが生じたからだ。ここまでバランスに欠けてしまったら、ジョンはやる気を失せるのは当然と言えば当然だ。さらに、ビデオ撮影がなければ、セッションのなかで数曲作ることもできたが、それも出来なかった。この点については、ポールの無神経さなのか、天然というべきかということだ。  最終的にはフィルスぺクターにより「アクロスザユニバース」の完成度をあげることで、ポールの「レットイットビー」と「ザロングワイディングロード」に一矢を報いることができた。しかし、このことがジョンのバンド活動への熱意を失わせたことは間違いない。 (奇跡 その2 伝説の映像)  ビートルズ解散に関する話は至るところで書かれており、それだけを題材とした書物も少なくない。多くのファンは文字の世界でしか知りえなかった情報を直接的に映像や音源で触れることができる。まさに、この散漫なセッションビデオが歴史遺産としての伝説の映像になってしまったのである。 とにかく、映像に映し出される4人の存在感というかオーラがすごい。それだけでファンにとっては感動ものである。さらに写真や伝記でしか知らない、彼ら周辺のスタッフや家族の映像もみることができる。曲を正式なアレンジまで高める過程において様々なアレンジで試行錯誤している様子もファンにとって生唾ものである。ジョージの一時脱退とその後のセッションの停滞の様子、グループを纏めようとするポールの痛々しい心境など伝説のシーンや会話すらビデオや音源で体感する...

ジョンのポール化したアルバム「Wall and Bridge」

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 「Wall and Bridge」は、生前のジョンの作品で最も好業績を記録したあるアルバムである。  しかし、このアルバムを評価するならジョンのポール化したアルバムと言える。これの意味するところは、アルバムは人受けしやすい無難な作りであり、メロディもそれなりに聞きやすい。だから短期的には売れる。しかし、作品に力強いパワーがない。そして芸術的な要素もない。だから時代を超えて人々から支持される作品にまで昇華していない。つまるところ。ジョンは流行歌を作ったにすぎない。  ポールは、ソロになって優れた流行歌をつくるソングライターになった。米国で10枚近くのNo1作品を出した。ポールは、ソロ活躍だけで殿堂入りに値する。では、ビートルズの作品と何が違うのか?。それは圧倒的な芸術性と革新性の違いである。だから長きにわたって評価されたり、聴かれたりすることはない。  ジョンのこのアルバムで合格点に達している曲は2曲。それは① Whatever Gets You Thru The Nightである。エルトンジョンの参加によりジョンの生涯にわたっての代表すべきポップソングに仕上がっている、そしての②#9ドリーム。これはジョンの才能を如何なく発揮し、過去の作品にはない新しい境地のメロディラインを創出した。それ以外に、曲の素材というなら「Bless you」ももう少し磨くべきで、それ以外の作品は残念ながら素材すら輝いていない。そういった点ではアルバム「MindGames」のほうが好素材の作品が散見された。創作能力という点でも陰りが見え始めている。ビートル時代にあまたの芸術作品を発表した男としての岐路に立たされていたと言える。  正直、このあと5年間の空白に入るが、ジョンのキャリアという点では、これが正解だったと思う。これ以降何年に渡って、流行歌を意識した凡庸な作品を何枚も発表されたら、ジョンの評価を相当下げたに違いない。  発表する作品が少ないからこそ、そして凡庸な流行歌が少ないからこそ、ビートルズ時代と引けを取らないパワーと芸術性の含んだ1970~1971年のソロ作品がジョンの代名詞となり、現代に渡って聴きつがれる要因になったのだから。  

素敵なSmooth JAZZジャズに酔いしれて

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      都会のホテルで景色を眺めながら聞きたい曲。飛行場のおしゃれなラウンジでも会いそうな爽やかさ。最高の逸品です。 こちらは、都会の夜を少し落ち着いて楽しみたいときにあいそうなJAZZ ワインで片手に都会の風景を楽しみたいのものです。 こちらはちょっと未来都市に合いそうな無機質さが心に染みわたります。。デザイナーズホテルなどに籠って聞くとなんともいえない味わいを感じるでしょう。

ローリングストーンズとビートルズの深い関係

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 この年になって初めてわかったことだが、ローリングストーンズを世界に送り出したマネージャーはなんと、ビートルズの剛腕マネージャーであるブライアンエプスタインの会社の広告係アンドリュー・ルーグ・オールダム 。 伝記によると、ビートルズがロンドンのクロウダディクラブに出演中のローリング・ストーンズのライヴを観に行き、ローリングストーンズに可能性を感じて、ジョージがアンドリュー・ルーグ・オールダム のそのことを話して、1963年4月28日(日)にクロウダディクラブに出演中のローリング・ストーンズのライヴを観て魅力を感じ、マネージャーとして売り込むことを決意する。  不世出な人たちというのは、不思議と特定の時代の集中して現れて、その人たちは世の中に脚光を浴びる前にすでにお互い知っていたり、何らかの関係を持っていることが多いというのも不思議です。   ジョン・ポールとの関係より、アンドリュー・ルーグ・オールダムはブライアンエプスタインの下でビートルズがスターダムにのし上がる手伝いをして、そのノウハウをローリングストーンズの育成させたということ。つまるところ、ビートルズが成功しなkれ場ローリングストーンズも今のような名声を得られていなかったという事実です。そしてビートルズが光なら、ローリングストーンズは影というように、対照を際立たせたマーケティングに成功します。  不思議とこの話は多き報じられる事はないので、私も今になって初めてしりました。人生を決める要素というのは実力もありますが、素晴らしい人に出会うというのそれ以上に大切な要素であるということを感じさせられます。  

江戸時代の珍道中 十辺舎一九の「東海道中膝栗毛」

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  江戸時代の十辺舎一九の「東海道中膝栗毛」に触れる。東海道中のドタバタ劇であるが、その内容は現在に通じるものがある。その後、志村けんのコントをみると何も変わらない。いわば、現在のお笑い文化は、既に江戸時代に生まれたといっても過言ではない。これから言えること、江戸時代の暮らしから現代の私たちの生活を再考するのも面白いように感じた。自分たちが今も思っていること。疑問に思っている事。それは江戸時代の庶民も同じことを考えている。人は、いつの時代も同じことを考えているということ。歴史は政治家視点での記述での為政者の記述である。だから自分達の現代と考え方に遮断が起こる。しかし、「東海道中膝栗毛」でもわかるように声の庶民の声と、歴史教科書の江戸幕府の記述とは明らかに乖離が起こる。そう思うと民俗学をライフワークとして探求していくのも面白い。

JAZZテイストな サザン ( Just a little bit)

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 私はJAZZテイストなサザンが好きです。  この曲には、日本語で歌詞はメロディとマッチしているんですが、英語は恐らく単に日本語を英語に変えただけ、歌詞にこだわって音に気を配っていない。なので、メロディを損ねているのがちょっと残念。どうせなら、最後まで日本語で歌えばよかったのにと思ってしまいます。 サザンの人気は、桑田の才能もありますが、原坊と青山学院の学生バンドという側面も大きいのは確かです。  原坊の役割は、サザンな男女の下劣な歌詞や歌を原坊の存在でファン層を中和させている事。これが男くさいバンドならファン層も偏って、時代とともに消えてしまったでしょう。原坊は桑田の妻であり、それによって桑田の下劣な歌詞が、仲の良い男女関係、そして夫婦にまで昇華させるのに成功しております。 次に青学の学生バンド出身であること。このため歌詞も下世話の内容が多くても、一定の品を醸し出した事。これが都会のおしゃれな若者から、地方の若者までファン層を広げることが出来た事。そして、原坊と青学のおしゃれさから女性層にまでファンを広げた事。  桑田は、当然であるがそのことは重々承知しており、原坊とは良き夫婦関係を築き、永遠の学生バンドとしてファンを魅了しつづけています。

短編小説 1993年海外旅行での「バラと酒」の日々

1993 年バブル崩壊による経済停滞の中でも、時代はバブルの余韻に包まれていた。この時の自己テーマは「バラと酒」の日々、それは古い映画のような言葉だが、お酒は全てを心地よくした。そしてバラを求め南国に赴く、海外に出向けば日本円の強さに圧倒される。東南アジアいけば、現地人の価格は 1/5 ~ 1/10 でしかない。とにかく何でも安すぎるのだ。なので、ちょっとした高級感の溢れる南国風のホテルに宿泊し豪華なひとときにひたる。そして、シャワーを浴びたあとの濡れた髪をそのままにし、風光明媚な風景を眺めなから朝だというのにビールを飲む。国際経済チャンネルからはアジアのマーケット情報が流れてくる。窓を開けベランダに立つと早朝なのに熱風が吹き込む。それがなんとも心地よくいとおしい。まさに、天国に一番近いところというのはまさにこのような事を指すのであろう。極上の気分に包まれている。とはいっても、若さは熱いエネルギーを欲しがるものだ。あり余る体力を武器に思いっきり遊びたくなる。楽しんで楽しみ抜いてエネルギー消耗のために無駄な時間を費やすことになる。さっそく、ビーチをぐるりと散歩し爽快な気分になった後、ビーチ沿いのテラスでホテルバイキングをゆっくりと堪能する。それが終わるとリラックスマッサージを1時間半ほど堪能する。昼食を軽めに済ませ、ビーチパラソルでゆったりうたた寝。そしてインターネットで調査作業を夕方まで行い、夜は夕食をかねてバー・レストランのパーティーで一日疲れを発散。そして力尽くまででナイトクラブで遊びきる。そんな生活を 2 か月程度つづけ、それが飽きたら中国~ベトナム~タイ~マレーシアなどをぶらり旅で 3 か月。夜はナイトパーティー、ダンスホール。すべてが嘘のような幸せの時間だった。とにかく、若いエネルギーとは、喧騒と猥雑を追い求め、そこに自分を見出して多くの精力を費やすものだ。