(ドラマ/映画であの時代にgo!)エバーグリーンな輝きのある俳優を貫く唯一無二の存在田村正和

1.花の美しさ

  カラー映像が出てきて70年近く過ぎた。それを時系列で眺めていくと人というのも一凛の花と何も変わらないということをつくづく感じてしまう。

 70年前の女優の映像。それは今もって通じる極上の美しさで輝いています。カラー映像は、その女優や男優が、時空を超えてみずみずしく目の前にいるような錯覚にすらさせられます。実際は、その女優はもう存命ではないことが多いのですが。私達は、カラー映像という時空の空間が織りなす錯覚に酔いしれているのです。

2.美しさの維持

 若い時にはイケメンや美女であっても、年を取るにつれて無残な容姿に様変わりにしていく。一般人なればなるほど日々の生活に忙殺されて、信じられないような変わり方をします。つまり、年を重ねても美しさを保てる人は、それ自体が、よほど芯の強い人でなければできない。だから、俳優は一般人に対して理想像を提供する夢を与える商売であり、常にそれを意識しなくてはいけない。

3.田村正和という残像 

 田村正和と言う俳優。坂東妻三郎の子供というサラブレットで若い時からイケメンでありながら。石原裕次郎、小林旭、加山雄三などと比べて爽やかさや明るさに乏しくスター性には欠けていた。しかし、それが功を奏したのかその暗さを渋さに代え、か弱く見える雰囲気を知性的な印象に進化させていく。これが中年以降に役柄において唯一無二の存在に押し上げていく理由になった。

 俳優を眺めていると若い時の輝きが尋常でない人と後年になって花を開く人に大きく分かれるようだ。前者は主役クラスの俳優が多く。後者は脇役クラスのいぶし銀の俳優が多い。 田村正和は2枚目俳優だが後者に属している。

4.唯一無二の存在

 田村正和の配役の立ち位置は、育ちの良さそうで、しかし影があって、それでインテリな役が似合うという立ち位置。年齢を重ねながら二回り以上の年齢の差のある若い女優とラブロマンスを演じられる唯一無二のスマートさを持ち合わせている。

 しかし、これは自然体なものではなく、世間が抱くイメージを維持する為に、並々ならぬ苦労をした結果だ。食事する姿すら見せなかったという徹底ぶりで、伝説にまでなってしまうほど周りと下野することを拒んでいた。

 まさに、サラブレッドでなければできない離れ業であり、大いなる父親のような存在があるからこそ、俳優の何たるかを理解し実践しただけである。普通の俳優には、彼のようなストイックな姿勢は区を伴った修行にしか映らないだろう。そして、田村のインタビューを聞くと彼の俳優像は常に親父を追いかけており、何かにつけて親父を意識しながら俳優をしていることがわかる。

5.普遍的で理想的な中上流家庭のエリート像を演出

 田村正和の芸歴は長いが、彼の本当意味で俳優としてのスタンスを勝ち取ったのは40歳以降であり、それからは80年代、90年代、21世紀と時代の変化に併せて自分のイメージを変え、決して過去の人になることがなかった。その時代に合せた理想像を演じきったと言っても良い。特に、世間から見て理想的なお父さん像を演じるのが上手であった。それは今もって色褪せる事はない。小さな子役相手のお父さんから始まり結婚適齢期の娘を持つ理想的な父親像まで演じてきた。つまり、長年にわたって理想の親子像を演じてきた。

6.終焉の美を望みたかった。

 もし、存命で健康が優れていたなら。私自身は田村正和にダンディーなお爺さん像を演じて頂きたかった。大学生くらいの孫がいながら、孫の同年代の女性ともライトなラブロマンスができそうな70歳すぎのスマートなお爺さん像。または男女ともお互いに60歳を超え、人生に一区切りを済ませたもの同士のスマートなラブロマンス。

 設定としては、定年退職し名誉教授として自分の研究テーマに対し、ひたむきに没頭する学者像。または何らかの小さな会社のビジネスオーナーなど。それは高齢化社会に向けての至極の理想像を世間に与えてくれることになる。このような設定のドラマを作ろうとした時、それを演じきれる男優は田村正和しかいない。そういう面では、非常に惜しい人が去ってしまったとような気がしてならない。



 

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