(その他)大瀧詠一にとっての「A Long Vacation」

 

.大瀧詠一にとっての「A Long Vacation」

 1970年代後半は、大瀧詠一が自分のソロキャリアにおいて崖っぷちに立たされていた時期です。それまでの大瀧詠一は、実力はありながらも10年近くマイナーの域を超えない活動しかできず、彼よりもはるかに格下で実力のないシンガーにすら後塵を拝し、レコードセールスもぱっとしませんでした。

 気が付くと、自分の朋友や後輩、弟子が次々とメジャーに上り詰めるようになり、彼にとっては、自分だけ置いてけぼりを食らったように相当辛い時期だったことは想像に難くありません。

大瀧詠一は、次の「A Long Vacation」がチャートインしなかったら歌手を引退するつもりであったと後述しています。

彼にとっては悔いを残さないように自分自身の持っている能力を全て振り絞りながら作ったアルバム。

それが「A Long Vacation」です。結果的には、大瀧詠一の名声を後世まで残すことに成功した名作にもなります。

2.アメリカンオールディーズの良いとこ取り

 このアルバムの魅力は、アルバムジャケットの秀逸さから始まります。80年代前半における「A Long Vacation」のジャケットは、一般大衆には遠く及ばない別世界のファンタジーでした。

 音楽面でも、その当時では、最高にポップスの利いたサウンドやメロディを提供しています。

 さらに、ダメ押しのように、松本隆による都会的な洗練さとリゾートを融合した世界観。これだけの要素があれば、どんな状況下でも、スマッシュヒットは十分に狙える出来栄えです。

 しかし、「A Long Vacation」の魅力は、それだけではありません。このアルバムの底流にあるのは、大瀧詠一が選びぬいたアメリカンオールディーズの秀逸なフレーズを、これでもかというくらいに重層に重ね合わせて一つの曲の中に、多面体を描くように盛り込んだことです。それはメロディだけではありません。ギターの演奏の仕方から、ドラム、リズム、効果音まで幅広く引用しています。

 このため、聞けば聞くほど新しい音の発見に出くわす重厚なレトリックを作り出すことに成功しました。まさにマニアックな芸当であり、世間で言われるナイアガラサウンドの真骨頂です。

 リスナーは、初めはジャケットを見て気に入って、次にメロディと歌詞に満足します。普通ならここで何度か聞いているうちに飽きが来るのですが、「A Long Vacation」の本当の魅力はここからがスタートです。

 リスナーは聞き込んでいくうちに、次第にギターの演奏、又はリズム、バックコーラスなど様々な箇所で今まで聞こえなかった音に出くわします。

 今度は、そういった音が耳から離れず、また聞きたいと思うようになります。こういった不思議な感触を次から次へと繰り返すのです。そうやってナイアガラの深みにはまっていき、何十年、いや生涯に渡って、「A Long Vacation」などのナイアガラ作品の虜になっていきます。

3.時代を先行した歌詞

音楽というのは人々の心(思い)の先行指標的な側面があり、70年代はフォークソングなど生活感のある音楽がもてはやされましたが、80年代に入ると、生活感のない豊かな日常を音楽に求めるようになります。

結果的には、バブル以降の洗練された風景をA Long Vacation」は描いています。不思議なことに、バブル期に入ると、歌詞の内容が非日常の世界ではなく、等身大の自分に焦点が移っていきます。バブル崩壊後の社会の予見です。

 このアルバムで松本隆は、日本人が、高度成長期に思い描いていたアメリカンライフの最終コーナーともいうべき世界観を松本隆は日本人の視点で描いたということです。

 それも、もう少しで自分たちの手に届きそうな範疇の表現で。実際、バブル期には誰もが海外旅行に行けるようになり、こういう世界観も現実のものになります。

 このため、バブル以降の若者にはとっては、「A Long Vacation」はリゾートアルバムに過ぎなくなり、大瀧詠一のマジックにはまるほど聞き込むことはなくなり、それ以降の世代への影響度は限定的なものになっていきます。

 「A Long Vacation」の成功は、日本の黄金時代と言うべくバブル前の若者の願望と彼の持つ世界観が一致した結果ということに括ることができます。

4、松本隆の歌詞の変遷

大瀧詠一のアルバムジャケットはどれもアートセンスが光っています。しかし、「A Long Vacation」前までは、アルバムジャケットのセンスに楽曲、特に歌詞が噛み合っていなかったのです。しかし、「A Long Vacation」以降になると、アルバムジャケットの世界観と楽曲の世界観が噛み合います。そこには、松本隆の作詞家としての力量があります。

 A Long Vacation」

このアルバムでは、彼の好んで聞いていたアメリカンポップスを大瀧詠一的な解釈で散りばめられています。松本隆の詩は、ジャケットに描かれているリゾート感を意識させながら、大瀧詠一と同様にアメリカンオールディーズの世界観を作り上げています。そこには、カルフォルニアの透き通った空とおしゃれな建物に囲まれて楽しそうに生活するアメリカン人を日本人の感性に合うような表現にとどめながら。。。

A Long Vacation」は、松本隆の詩によって大瀧詠一がメジャーに鞍替えできたのです。もし、大瀧詠一が作詞した「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」レベルの歌詞が10曲続いたら、サウンドがどんなに良くてもヒットチャートの上位に昇らなかったでしょう。マニアックな名盤として知る人ぞ知る作品になっていたかもしれません。

 「ナイアガラトライアングル Vo2」

ナイアガラトライアングルVo2のジャケットは、ナイアガラの滝とトライアングルを重ね合わせたものです。

音楽的には、新鋭のアーティストである佐野元春と杉真理が得意とするビートルズのリバプールサウンドをベースとしているせいか、アルバム全体を通し、都会の若者の日常が充満しています。

作風も、三者三様でありながら、都会と夏が交差する世界観を見事に築き上げて秀逸な作品となっています。企画盤ではありますが「A Long Vacation」に劣らない名作です。

ここで、大瀧詠一と松本隆は「A面で恋をして」と「ハート仕掛けのオレンジ」を発表していますが、この2曲は、まさにアメリカンオールディーズの日本人版ともいうべき世界観に成功しています。

これによって、作品の軸がリゾートから都会に移ってきて、それが次作でさらに推し進められるようになります。

③「EACH TIME」

EACH TIME」のジャケットは、ハリウッドの入口を描いています。しかし、このジャケットに描かれている風景は、ちょっと角度をかえれば、日本のどこの都会でも見られる道路の風景です。

このアルバムでは、都会の日常を前面に出して、80年代の「風街ろまん」を完成させています。はっぴいえんどの「風街ろまん」は子供視点から描いた東京の心象風景。「EACH TIME」は、その十数年後の大人になった東京の心象風景と解釈できます。「EACH TIME」では、松本隆の世界観に大瀧詠一を引きずりこまれた格好です。

EACH TIME」は、サウンド面では「A Long Vacation」の続編であり、「A Long Vacation」以上の音の重層感があります。

一方、歌詞の世界に入ると、その世界観は「A Long Vacation」と全く別物で、例えば、「木の葉のスケッチ」では駅での元カノとのハプニングを描き、「銀色のジェット」では空港での別れの情景、「レイクサイドストーリー」では、スケート場をテーマにした恋愛ストーリー。「恋のナックルボール」はデートを兼ねた野球観戦。まさに、都会を舞台とした日常の一コマを様々な角度から描こうとしています。

このように、「A Long Vacation」のようなビーチリゾートを舞台にした50年代風アメリカンポップスの若々しい天真爛漫なメロディーは消えて、大人のしっとりした物語風の作品が大半を占めたことから、レコードセールスは伸び悩みました。ビーチリゾート色の曲もありますが、それも都会の生活の一部に埋没すらしています。。

 



.創作活動のネタ切れ

残念ながらこれだけ玄人好みの完成力のあるアルバムを2作も続けて出した結果、彼は、蓄積したアイデアのほとんど使い果たします。

大瀧詠一はネタ切れを感じており、「EACH TIME」を最後に表舞台から降りることを決意します。そもそも、マイナーとメジャーを交差しただけ合って、大衆に受ける曲を簡単に作れる作曲家でないことは本人が重々承知しています。だからこそ、この2作品と同等レベルの作品を作れないと判断した瞬間、福生の仙人としての生き方を選びます。

そんな生き方がマイナー時代を支えたファンと「A Long Vacation」以降に新規参入したコアなファンに、多大なる尊敬を浴びることになり、今度は師匠としての影響力を晩年まで持ち続けるという非常に珍しい余生をおくることになります。

.「はっぴいえんど」で始まり、「はっぴいえんど」で終わる

 大瀧詠一は天性のミュージシャンではありません。マニアックな努力家であり苦労人です。彼の音楽キャリアは、細野晴臣や松本隆などはっぴいえんどのメンバーによって中和され、大衆に評価されたにすぎません。

 彼の最高傑作である「A Long Vacation」も、窮地に立たされた結果、売れるアルバムを作ることを目標にしたにも関わらず、アメリカンオールディーズを引用しまくるマニアック魂の凝り固まった作品となりました。

 このように、マニアックな渦に飲み込まれう大滝詠一の魅力を最大限に引き出した松本隆の功績は限りなく大きいものと言えます。はっぴいえんど時代の朋友でお互いを知り尽くした関係であるからこそできた奇跡でもあります。

 本人がこういった側面を直接的に発言をしていなくても、それを一番理解しているのは大瀧詠一本人だったと思います。大瀧詠一は、つまるところ、はっぴえんどに始まって、はっぴえんどで終わっているのです。

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