(その他)アメリカンオールディーズ無二の趣味人 大瀧詠一

 

1.アメリカンオールディーズと大瀧詠一

 大瀧詠一の魅力はなんだろうか。それは間違いなく無二ともいえるアメリカンオールディーズへの趣味の貫きです。アメリカンオールディーズの魅力。

 それは20世紀のアメリカが最も輝いていて幸せが一杯詰まった「そう気分」のエネルギーをレコードに詰め込んだ不思議な魅力を持った音楽です。

 これを実感したいならYou Tubeで1950年代のアメリカンオールディーズを聴いてみることをお勧めします。そこはかとなく明るく陽気な雰囲気に包まれた音楽であることが感じ取れるでしょう。

 大瀧詠一が好むのはこの頃の音楽です。大瀧詠一はビートルズファンを公言し、ビートルズ初期の作品が一番良いと言っています。後期の作品のようにリスナーを考えさせる複雑な音楽ではなく、あくまでもシンプルにそして明るく陽気な音楽をこよなく愛し、それが回りまわって、彼の楽曲の底流に渦巻いています。

 日本の歌謡曲は、そのほとんどが西欧の流行歌を下敷きにしています。日本の音楽を追求していくとて、どうしても西欧の流行歌に足を突っ込まざる得なくなります。

 大瀧詠一はそんな欧米流行歌のオールディーズ研究の第一人者であることを前面にして、まるで大学の教授のように、音楽の系譜や流れを自己理論としての体系化を試みています。そういった大瀧詠一の知的な一面に、ファンはノックアウトされます。

その単純な構図が

「アメリカンオールディーズのファンが大瀧詠一にのめり込み、大瀧詠一のファンがアメリカンオールディーズにのめり込む。」という循環です。

 このため、アメリカンオールディーズを崇拝するコアなファンからは、自分達のファンタジーをアメリカンオールディーズと大瀧詠一に重ねあわせます。

2.引用のオンパレード 

 さらに楽曲作りもそんな姿勢の延長です。大瀧詠一の楽曲を聴いていくとそのほとんどがアメリカンオールディーズの何らかのフレーズとぶつかります。引用のしかたは非常にストレートなものもあれば、ひねりすぎて原型をとどめていないケースまで、アメリカンポップスの造詣を如何なく自分が発表する作品に擦り込んでいます。

 リスナーはこういった行為を盗作とは位置づけず、大瀧詠一の奥深いアメリカンポップスの造詣からくる引用する歌手へのオマージュであり、リスペクトであると解釈します。

 さらには、大瀧さんはこういう一見誰にも見向きされない隠れた名曲を下敷きにしていたのかとその造詣と知識の深さにファンは感心するありさまです。

このように、彼の場合は、単なる楽曲の発表ではなく、そこには、どのアメリカンオールディーズを下敷きにしたのかを探し出すゲームをファンに提示しています。

 なかには、10年後、20年後に「この曲のこのフレーズは、誰々のこの曲に影響を受けた」と暴露してファンを驚かせます。

 まさに、対極のオタクであり、それだからこそ、その魅力に取りつかれたファンが多くいるのです。

3.趣味趣味音楽

 そんな大瀧の音楽の向き合い方を、大瀧は「趣味趣味音楽」という楽曲で表しています。「日本一の自己満足男大瀧詠一が贈るGoGo.Naiagara!~」。そして1曲目に「趣味趣味音楽」。そしてメロディに合せ「人の好みは十人十色あのこ、あゝ云う このこ、こう云う他人と意見が違ってもめくじら立てず 潮吹かず我が道行け ドンドン」。

 70年代に遡ると、フォーク全盛の時代で、それら歌詞は若者に対する人生の強いメッセージが込められていました。そして多くの若者はそのメッセージを自分に投影しながら、それら楽曲にのめり込みました。

 大瀧詠一は、そんな風潮に異議を唱えるように無意味(ナンセンス)な歌詞で作品を発表しつづけます。当然ですが、そんな作品がメジャーの地位を勝ち取れるわけはなく、アルバムのセールスはじり貧です。

 大瀧詠一は総合エンターテイメントと称してこういう作品をアルバムに数曲入れています。「趣味趣味音楽」はそんな作品の一つです。楽曲の質はともかく、彼は違った意味での世間と真逆な自分の主張を貫き通していました。

 4,師匠、仙人としてのカリスマ性

 こういった楽曲は、タモリにも通じる人生における肩の下ろし方を表現しています。普通の人には簡単に理解はできませんが、高尚なテーマを扱った作品かもしれません。

 しかし、オタクな趣味を持っている人には、趣味趣味音楽の詩は天から神が提示したお言葉に近いものがあります。

 「とにかく、自分の好きな事があったら、周りを気にしないでそれに没頭しなさい。」

 周りを気にせず、自分自身の好きなことを貫きとおす大瀧詠一をお手本に、自分自身の生き方を模索するという構図がファンとの間に出来上がり、いつの間にか大瀧詠一を人生の師匠とか福生の仙人といって崇めまつるようになります。 

 なので、出版業界とか、音楽家とかなんかの分野で突き詰めることを必要とされる業界人が彼のコアなファンであるのもうなづけます。 

 さらに、彼の姿勢が、全てに対して権威づけることなく趣味の範囲で閉じようとすること。そんな姿勢が大瀧詠一とコアなファンの間に師弟関係を築く要因の一つになっているようです。




5.「メジャー」と「マイナー」の交差点 

 しかし、大瀧詠一もさすがに「マイナー」の世界に疲れたのか、それを脱出すべく、松本隆に作詞を依頼し、「A Long Vacation」の製作に取り掛かます。

 このアルバムは、大瀧詠一が自分の力を最大限に振り絞って、一般大衆向けにアメリカンオールディーズの世界をわかりやすく表現したものです。しかし、一般大衆に受け入れられるかの自信をその頃の大瀧詠一にはなく、認められなければ自分を引退する決意まで決めていたアルバムでもあります。

 このように大瀧詠一ほど、「メジャー」と「マイナー」の世界を行き来した音楽家です。普通なら「マイナー」時代は、下積み時代と評されがちだが、大瀧は「メジャー」と「マイナー」を同一の完成度として扱っています。なぜなら「A Long Vacation」は、「マイナー」で試行したことを一般人向けに焼き直したということにすぎないからです。

 「A Long Vacation」では、自分が聴きまくったアメリカンオールディーズを極限に近いパッチワークで表現しています。それは単純な引用ではなく、複数の楽曲を重ねあわせて多面体に引用するという離れ業すら披露しています。

 さらにそれをオブラートに包むように松本隆によって、リゾートをバックに80年代版のアメリカンオールディーズの世界を描きだすことに成功しています。

 一般のリスナーには、きらびやかなサウンドと松本隆の洗練された世界観しか写らないようにしております。

しかし、そういった要素を取り除けば「マイナー」時代と変わらない大瀧詠一が浮かび上がってきます。そんな姿勢こそ、彼を師匠とたたえるファンにとってたまらない魅力になっています。

 そして、それこそが「趣味趣味音楽」につながり、「メジャー」と「マイナー」の交差点を作っているのです。


 

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