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ジョンローンの美しさ

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 西欧の美男子といえばアランドロン。 これに対抗する東洋の美男子は、ジョンローンだと私は思っている。 二人に共通するのは、顔の美しさだけでなく、憂いの雰囲気。 ジョンローンに至っては、孤独が似合います。 田村正和も、孤独が似合いますが。 ジョンローンは夕日が差し込む香港の港でジャンク船を見ながら黄昏れる姿 アランドロンは、夕日が差し込む地中海の白い港で黄昏れる姿 が似合いうロマンチックな人達です。 あと、いたずらに作品を重ねないで、ベールに包まれた雰囲気を保ち続けているのは素敵ですね。

アランドロンの格好良さ

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とにかく格好良いとしかいいようがない。 私は、笑顔が似合う俳優より。憂いが似合い俳優をどうも好んでしまう。 私は、人と話すのがあまり好きでもなく、お笑いもあまり好きではない。なのでバラエティ番組も見ない。  ジャズを聴きながら、コーヒーや酒を飲んでゆったりしているのが好き。海外旅行もラウンジでのんびりとくつろぐのが好き。   そういった事もあり、ちょっと影のある美男俳優を気に入ってしまうのであろう。   

「巨人の星」で昭和の高度成長期にタイムスリップ

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Youtubeで巨人の星157号~161号を見た。このマンガの面白いところは、現実の巨人などのプロ野球選手を描きながら星飛雄馬や花形満などを仮想的な人物を組み込んでいる点だ。   なので、アニメに川上監督、長嶋、王などがそのままで出てくる。   このアニメはとにかく昭和を強調している。星一家の長屋。まさに高度成長期まで続いた庶民のバラック長屋のそのもの。 しかし、アニメも後半になると都市開発により、バラック長屋が消え、次第に今の日本を形成されていく姿も垣間見れます。 そして、その頃の映画によく出てくるであろう。左門の極貧家庭。幼い弟や妹などを左門が一家の大黒柱となって養う健気さ。その一方で、花形や伴のような大企業の御曹司の豪邸住まいなど、圧倒的ともいえる貧富の差を描いている。    あと、星春江や星明子など、美人かつ典型的な大和撫子。こういった耐える女性像というのは、今の日本では絶滅危惧種です。    繁華街などでのけんかシーンが多いのも特徴。まあ~、梶原一騎もその手の人だったので。    この作品は多くの人を惹きつけるだけの優れた物語の展開をしており、そういった点では梶原一騎の才能に感服してしまいます。  

円安で海外生活は遠くなりにけり

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  かつては、日本の物価が世界一高いと時代もあった。そして、日本の 10 万円が海外では 30 万、いや 50 万以上の価値があるほど円の価値が高かった。  ところがアベノミクの結果、日本の物価は今や東南アジアとほぼ等価。欧米なら半値以下。よくぞ日本もここまで落ちぶれてしまったもんだと思ってしまう。    そうなると、東南アジアに住んで日本より良い暮らしをしようと思ったら、そこには日本と同じくらいのコストがかかってしまう。日本と同レベルの食事をしようとした日本以上にコストがかかってしまう。私はそんなコストをかけてまで東南アジアに行きたいとは思わない。さらに、安く済まそうとしたら、口に合わない食事との戦いになる。さらに衛生面などアジア独特の汚さと隣り合わせになってしまう。私自身はそんな環境に耐えられない。    そうなると日本国内での生活の仕方を工夫するしかなくなる。まず、やはり世界に誇る日本の定食屋が提供するB級グルメを堪能することだろう。これらB級グルメは値段と料理の質がアンバランスであることも多い。なぜなら店主が長年にわたって築き上げた味付けに他ならないからだ。正直に日本国内なら、どこの店に入っても味は程々に保証されている。だから、飛び込みで各店を廻ってもハズレにはなりにくい。その他、地方のビジネスホテルである。建物は老朽化しているかもしれないが、夜食サービス、大浴場、そして以外に豪華な朝食サービスなどを比較的安い値段で楽しむことができるからだ。あとはホテルのカフェ巡りなども楽しそうだ。  そうなると海外旅行はお得なフルサービスキャリアの航空券を取得し、空港ラウンジを堪能し、現地でも比較的良いホテルに泊まる小旅行に徹するのも一つの選択肢となる。  本当なら、東南アジアで 3 か月から半年くらい、タワーマンションみたいな施設に滞在し、ちょっとおしゃれなバーやクラブを堪能するなど比較的優雅な生活をおくりたいのだが、この円安では如何しがたいところまで日本円や物価水準が落ちぶれてしまったのだから。

短編小説 高校球児の50年前のタイムスリップ

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彼は 高校野球選手。高校 3 年の夏。彼の高校は、なんとか甲子園に出場した。しかし、第 1 戦は、古豪で勝ち目がない、彼ら部員は、甲子園に出場したことが人生のメダルと思って試合に臨んでいた。そして、悔いのない試合をしようと宿泊先の旅館で誓いあった。次の朝、彼は眼を凝らした。同じ旅館なのに人々はみな昔の人になっている。なんと 50 年前にタイムスリップしていた。当日の相手は同じ古豪。優勝候補。しかし、彼は。古豪をノーヒットノーランに収め、時の人になった。彼のチームは優勝をつかみ。ドラフト 1 位でプロに。プロでもスターになる。あの夢のような大打者に対しても三振の山を築いた。そして、私生活を含め夢のような生活を送るが、ある時、目がさめるとタイムスリップ前に戻っていた。そして古豪に負けて1回戦であえなく甲子園を去り、その後野球を引退し、小さな会社の電気工事士になっている自分がいた。あるとき彼は、野球年鑑にタイムスリップした自分の記事があった。あれは夢ではなかったんだとかれは思った。そこには、突如消えた幻の名投手。火の玉のような剛速球であのxxさえ打ち崩すことができなかった。そして関係者のコメントは、彼は不出世の名投手。彼以上の剛速球を投げれる人は、今後二度と表れないだろうと。。。。。。。。。  そして、彼は時のいたずらを翻弄されるかのように古い日本の風景を追い求めて東南アジアに行くことを決めた。

インフレ襲来でビジホ籠りは遠くなりにけり

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  コロナ以前は、比較的安い値段で宿泊できるビジネスホテルも多かった。私も全てではないが、そして時系列でもないが、それなりに宿泊記を載せてきた。  そういった経験から言える事は、いろいろなビジネスホテルを上手に予約すれば、朝食付きで 5000 円~ 6000 円。キャンペーンなどを上手に利用すれば 4000 円台で宿泊することも可能だった。 その後、コロナでホテルの宿泊値段はさらに大きく下がった。こんな素晴らしいホテルが投げ売りのような価格で宿泊費を提示していたりした。  しかし、その後のインフレとインバウンド需要でホテルの宿泊代は爆騰し、現在に至っている。    私自身、いつかは 1 か月程度のホテル籠りを年に数回行うことを夢見ていたが、最近のホテルの宿泊費ではそれは叶わぬ夢となってしまったようだ。  ランクや場所を選べばできないことはないが、街が寂しくなっている地方都市や都会でも老朽化が著しいような宿泊施設やカプセルホテルの類のようなとこには泊まりたくない。    時代は、デフレから次のステージに移ったようで、今となってはコロナ前のホテル宿泊を懐かしんでもいけない。  栄枯盛衰といえば大げさだが。海外旅行などにもいえるが安く豪華にという時代ではなくなってしまった。  旅行好きにとって、発展途上国の物価が日本と変わらなくなっているという現実を目のあたりにするのは寂しい限りである  これはアベノミクス経済政策である超金融緩和の結果であり、これ自体を論評するつもりはないが。  

アルバム「ラム」に見るポールマッカートニーの才能の限界

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  アルバム「ラム」は、ビートルズの名曲を数多く手がけてきたポールマッカートニーがソロとしてリリースした 2 枚目のアルバムである。 前作の「ポールマッカートニー」の不評を覆すべく、一流のバンドをバックに録音した作品であったが、セールス面ではビルボードチャートの1位を記録しているにも関わらずこの作品の評価も芳しくなかった。それは、ビートルズの作品と比べ劣化が目立つというのがその理由である。  他のミュージシャンから見れば贅沢すぎるというか酷な評価とも言えなくもないが。 一方、アルバム「ポールマッカートニー」は、サウンドこそ散漫であったが、いくつかの楽曲はビートルズ後期を彷彿させる秀逸な作品が含まれていたため、年を経るにつれその評価は高くなった。  しかし、「ラム」は、それぞれの曲が素材または原曲レベルでなにか物足りず、ビートルズ後期に匹敵するような作品はない。もしこれら素材をビートルズに委ねたら、素材の悪い曲はジョンによって発表を拒まれ、残った作品の足りないところはジョンが補い。さらにジョージやリンゴの演奏で曲の精度を高め、ジョージマーチンによってビートルズの楽曲として整えられる。  つまり、ビートルズの作品は極論を言えば4人の共作としてもあながち間違いではない。しかしながら、多くの書物は、この曲は誰の作品と断定的な記載に終始している。  そうなると、ポールの作曲能力が低下したのではなく、ビートルズメンバーによるブラッシュアップが足りなかったという方が正しい。 実際のポールのソロ作品には佳曲が多い。しかしながら、どの曲も多くの人を引き付ける何かが足りないのである。  ポールは、その後ウィングスを結成し、自分のスタイルを確立し、ソロにおいてもセールス面で超一流の結果を残した。しかし、その多くは流行歌止まりで、現在まで楽曲の評価を維持できた作品はごく僅かしかない。  そして、アルバム「ラム」から、ビートルズのバックアップをなくした作品群を発表し始めた。つまり、ビートルポールとソロのポールの境界線のアルバムといえる。  とはいっても、同様の見解は、ジョン、ジョージの作品についても同様のことがいえる。彼らの作品は4人の協力があってはじめて、時代を超えた作品に変貌させることができたのだ。個々の才能によるものではない。

ビートルズのインタビュー記事に思うこと

    ビートルズには様々な伝記が出版されているが、 ピーター・ジャクソン監督編集の「ゲットバック」によって、多くの伝記が真実というより誰かの証言や誰かの書いた記事をコピーしたかのようなまやかしであったことが露呈された。  この「ゲットバック」で分かったこと事は、世間が造像するほど険悪なセッションではなかったこと。また、ヨーコオノは伝記に書かれているようなメンバーをかき乱すような行動はしておらず、終始大人しかったこと。    ビートルズの解散は、青年期から大人の脱皮であり、日常生活の支柱をグループメンバーと群れるのではなく、家庭にシフトしたことに過ぎない。  さらに、ポールとジョンの関係は、ビートルズが彼らの実家みたいなものであり、お互いが兄弟以上のような絆があったのは間違いない。 1969 年から 1970 年にかけてのジョンは、ビートルズを脱退と家庭(ヨーコ・オノ)のジレンマに苦しみ。ドラッグに溺れていったといっても過言ではない。そういう点では、ポールの脱退宣言に助けられたともいえなくない。     彼らを語るとき、4人はどんな状況においても兄弟以上の親子並みの絆があったということ。喧嘩や言い争いは、親族の喧嘩に過ぎないという前提が欠けている評論も少なくない。  そうでなければ、解散一歩手前でアビーロードのような傑作を作れるはずがない。どういった状況下でも絆で結ばれていたのである。    そして、ヨーコオノの存在は、人々がジョンを偉大なビートル・ジョンの虚像を破壊する存在として、最も邪魔な存在とされた。さらに、黄色人種の誰もが理解に苦しむ前衛芸術家となれば尚更である。このため、多くの伝記には彼女のことを辛辣なまでに酷評しているのも少なくない。  彼女の評価はここ 20 年でかなり変わってきた。それは人々が少しずつ、彼女のもつ本当意味での知性を理解し始めたのと。ビートル・ジョンを冷静な目でみることが出来るようになってきたからであろう。   そういう視点からみれば、こまごまとしたインタビューはその当時の彼らの思いかポジショントークに過ぎない。  そもそもインタビューなんてそんなものであるので、それを分析しすぎても論理破綻は生じるのは自明だ。 

(音楽評論)野性味こそロックの醍醐味 佐野元春

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  労働者階級の報われない日常。そんな憤りを表現するのがロックンロールである。階級意識の小さい日本では。ホワイトカラーもブルーカラーも本人次第という側面は否定はできないが、佐野元春は間違いなく、米国の労働者階級の息吹を取り入れ、ストリート・ロックを作り上げた日本の第一人者であろう。   私の好きな佐野元春は、売れない頃の野性味のあふれた作品だけである。実際、人気が出始めてからは、音楽家的な広がりを求めて、野性味が消えていったのは残念である。ローリングストーンズ、日本では矢沢永吉のように 50 年以上もロックの持つ野性味を大切にしてきたのと違い。その後は中途半端になってしまった。ビートルズは多方面の音楽を吸収し成功させた。アルバムを出すごとに脱皮を繰り返し、そして解散した。ローリングストーンズは、ブルースと野性味を保つことに絞って。 50 年以上の世界の一線で活躍している。ビートルズは脱皮しすぎたために、脱皮が出来なくなる前に、自分たちが最高であるうちに店じまいした。結果として解散を速めてしまったのだ。そういう点では佐野元春は、ビートルズ的な音楽の展開を望んだのであろう。これは結果論であるが明らかに失敗であり、初期の音楽を保ち続ければ、ストリートロックの元祖であり、キングとして今の数倍高い評価をえられていたのは間違いない。   好きな曲名は  ナイアガラトライアングルで発表した4曲と、初期の集大成であるノーダメージの中のストリートロック色の強い曲だけである。これを上げれば、  ①ハッピーマン ②  So young ③ it's alright などであろう。 そして、「労働者階級の悲哀を感じさせる  ①情けない週末 ② heart beat まさに、ちょっと危なくも感じる野生児ロック。このような路線を維持し続けて欲しかった。  しかし、彼の雰囲気と容姿は、これら楽曲のようなワイルドさがなく、どちらかというと都会的なインテリさを漂わしている、そう考えると愚直に同じ路線を突き進むというには少し難しかったのかもしれない。 

チャップリンの映画で笑いの原点を楽しむ

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  チャップリンは映画界の黎明期を支えた偉大なる喜劇王で、その名声は現在においても風化することはありません。 チャップリンの映画はトーキーではないので、しぐさや動作で聴衆を笑わせます。言葉による笑いに慣れてしまった私には、これがことさら新鮮に映ってしまいます。 でも、動作やしぐさで面白さを伝えるには、どうしてもオーバーアクションになりがちで、映画を何本か見ていくとどの構成もドタバタなストーリーに帰着します。    一方、言葉による笑いは、その当時の世相など人々の共有感を理解しないと何が面白いのかわかりません。例を挙げれば、昭和初期や昭和 30 年代のお笑い芸人のギャグを聴いても笑いにつながることはありません。それは 80 年代の漫才ブームでも同じです。あれだけ面白い言われるビートたけしなどの漫才を見ても、時代が変わっているのでギャグの面白さが直接的に伝わってきません。  さらに国をまたっても、その国の風潮や文化などでギャグの面白さの度合いが変わってきます。笑いというのは意外にもローカルな範囲でしか響かないものです。    そういった意味では。チャップリンの笑いは、時代を超えて受け入れられるだけでなく、老若男女問わず受け入れられる要素があります。私自身でさえ、今もって面白いと感じます。また、その芸風はドリフターズに大きく影響を与えているような、特にカトちゃんなどの芸風に似ているような?  現代のお笑いに疲れた時は、チャップリンの映画で、喜劇の原点というべき、無声のドタバタ劇で笑い転げるのもよいでしょう。笑いに対する新しい発見に巡り合えます。