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8月, 2025の投稿を表示しています

人生のいたずら(学歴編)(短編小説)

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 鈴木亮平が東京大学の赤門をくぐった日、彼の未来は輝かしい光で満ちているように思えた。地方の小さな町工場で働く両親のもと、ただひたすら勉強に打ち込み、手に入れた最高の学歴。卒業後、日本を代表する大手総合電機メーカー「帝光電機」に入社した時、亮平は自分がこの国の産業を動かすエリートの一員になったのだと確信していた。 社会人5年目、高校大学時代の友人の集まりで、亮平は田中健太と再会した。日本大学出身の健太は、裕福な家庭に育ったお坊ちゃんという印象しかなかった。 「健太は今、何してるんだ?」 ハイボールのグラスを傾けながら、亮平は聞いた。その口調には、国内最大手のメーカーで働く者としての自負が滲んでいた。 「小さな中小企業だよ。太田精機。相変わらず、ちまちま部品作ってる。君の会社からも厳しい納期と品質の要求を突き付けられ、昨日は徹夜でなんとか納品にまで漕ぎつけたんだ」 健太はあっけらかんと笑った。精密部品を作る町工場。亮平の頭には、油の匂いが染みついた薄暗い作業場のイメージが浮かんだ。 「俺は今、東南アジア向けの白物家電の開発チームにいるんだ。年間数百万台を売るビジネスだから、責任も大きいよ」 亮平がそう語ると、周りの友人たちは「さすが東大卒は違うな」と感嘆の声を上げた。その賞賛の輪の中心で、亮平は優越感に浸っていた。健太は、そんな亮平を黙って見て、楽しそうに笑っているだけだった。亮平にはそれが、自分の土俵で勝負できない者の負け惜しみに見えた。 それから20年の歳月が流れた。世界は、亮平が想像していたよりも遥かに早いスピードで姿を変えていた。 帝光電機という巨大な船は、時代の荒波の中でゆっくりと傾き始めていた。かつて世界を席巻したテレビやオーディオ事業は、新興国メーカーとの価格競争に敗れ、見る影もない。亮平が心血を注いだ家電部門も、IoTやAIといった新しい波に乗り遅れ、大規模なリストラの対象となった。 亮平自身も、希望していなかった子会社への出向を命じられた。給料は下がり、仕事はかつての栄光を知る者にとっては屈辱的なルーティンワークばかり。社内には諦めの空気が漂い、優秀な同期は外資系コンサルや新興のIT企業へと次々に去っていった。自分が信じてきた「安定」という名の船は、ただ沈没を待つだけの泥舟に変わり果てていた。 そんなある日、亮平は高校の同級会で健太に久しぶり...

独身男のタイムスリップ恋愛(短編小説)

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 健太、三十歳、独身。システム開発会社で働く、ごく平凡なサラリーマンだ。平凡と言えば聞こえはいいが、その実態は、女性との縁が全くない「モテない男」そのものだった。会社の飲み会では、女性社員の輪に入れず、壁際でハイボールの氷を意味もなくかき混ぜるのが定位置。勇気を振り絞って話しかけても、「あ、はい」「そうなんですね」という短い相槌のあと、会話は静かに終わりを告げる。女性たちが向ける笑顔は、愛想笑いか、あるいは憐れみのそれ。健太は、自分が彼女たちの世界の「背景」でしかないことを、痛いほど理解していた。 ある週末、健太は気分転換に浅草を訪れた。そこで、古道具屋の軒先に置かれた一つの懐中時計に目が留まった。店主の老人が「面白いものだろう。大正時代の職人の作だよ」と声をかけてくる。健太は、ほんの少しの高揚感を覚え、それを購入した。 アパートに帰り、早速懐中時計をいじってみる。突然、時計がカッとまばゆい光を放った。同時に強烈なめまいに襲われ、健太の意識は闇に吸い込まれた。  目覚めた時、健太は知らない路地裏に倒れていた。体を起こして周囲を見渡すと、景色は一変していた。アスファルトの道はなく、土がむき出しの地面。行き交う人々は、着物や袴を身につけ、男は皆、帽子をかぶっている。遠くからは、路面電車がチンチンと鳴らす警笛と、威勢のいい呼び声が聞こえてくる。  呆然と立ち尽くす健太の前に、荷車を引いた男が通りかかった。「にいさん、道端で寝てちゃ危ねえぜ」。その言葉も、服装も、町の匂いも、全てが現実だと告げていた。どうやら、本当に過去に来てしまったらしい。時計の文字盤は、大正十二年を指していた。 途方に暮れた健太は、腹の虫を鳴らしながらとぼとぼと歩き続けた。そんな彼に声をかけたのは、一軒の八百屋の店先で大根を並べていた娘だった。 「あの…もしよかったら、これどうぞ」。 そう言って、ふかしたての薩摩芋を差し出してくれた。お千代と名乗ったその娘は、日に焼けた健康的な頬と、一点の曇りもない澄んだ瞳を持っていた。  健太は事情を話すわけにもいかず、「旅の途中で無一文になってしまった」と嘘をついた。お千代の父親である店主の清兵衛は、健太の人の良さそうな顔を見て、「行く当てがないなら、うちで働きな」と、住み込みで働くことを許してくれた。  それから、健太の人生は一変した。現代の女性を前にする...

眠れない夜 '(オフコース)

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ご存じの通り、オフコースの名曲だが小田のお茶目な歌詞がなんとも心地よい。 歌詞の内容は結構身勝手な男の気持ちを表現しているのが、 まず初めに、「たとえ君が僕にひざまずいて全てを忘れてほしいと涙流しても」 ここで彼女が自分に「ひざまついて」許して~。なんていっている情景はまさにコミカルです。 そして、「僕は君のところへ二度とは帰らない。あれが愛の日々ならもういらない」 気を使うだけの愛なんて、ない方がましである。今の自分もまさに同感です。 でも、二番目で小田らしい一面がにじみ出てきます。 「それでも君があの扉を開けて入ってきたら、~君のよこをくぐりぬけ飛び出してゆけるか、くらいくらい闇の中へ」 それは僕にはわからない これを見ると、相手のわがままに対する怒りから、妄想しているだけに過ぎない。つまり、モテ男の行動ではなく、愛にうまく行っていない男の叫びにもみてくる。 だから次に振り切ったら、それは「くらい くらい 闇の中へ」に向かう事になる。 ちょっと愛らしい歌詞です。ういったのっぺりとした歌詞に癒される自分がいます。

オフコース(小田和正と鈴木康博)

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  オフコースを語る上では、二人が高学歴者であったこと。本来な学歴エリートとして社会に出るはずの二人が実力社会の歌で生きていく事を選ぶが、インテリがゆえの暗さもあり、下積み時代は暗く,辛く長いものであった。その頃の楽曲はそういった鬱積した哀愁が反映されているだけでなく、メジャーになるには致命的な非常に弱々しい繊細さと雰囲気を漂わせていた。しかし、一点も曇りの透明感のある心清らかな男女の情景を感じさせる楽曲は、唯一無二であり、それにメロディの質の高さが加わり、その後の5人編成になって演奏に力強さが加わったことで、多くのファンを掴むことになりメジャーに踊りでる。 しかし、売れ始めると同時に二人の考えに大きな相違がでて、鈴木康博はオフコースを脱退する。この原因として、オフコースをメジャーにした楽曲が小田和正に集中し、鈴木にはそのような楽曲を作れなかった事。バンドは小田が中心になって、それ以外の4人が実質的に平等扱いとなったことで、鈴木康博が気持ち的に隅に追いやられた感があったこと。もしこれが、リーダが小田(作曲)、サブリーダー鈴木(編曲)というイメージを前面に押し出したら違う流れになっていたのかもしれない。小田和正はそういった細かな配慮にかけていたのであろう。  鈴木にとっての屈辱の深さは、小田和正はソロになって、さらに飛躍し音楽界の大御所になるくらいの活躍をした。一方、鈴木はソロでヒット曲などなくても脱退を後悔していないところに表れている。鈴木にとっては、オフコースの売上げが落ちても自分の職人的な要素をアルバムに反映したかったのであろう。とはいえ、メジャーで長く居続けられるほどの才能は自分にはないという事の言い訳のようにも聞こえなくはないが。 私は鈴木が抜けた後のオフコースを聴いていない。鈴木は小田の女性的な繊細さとは対称に、男の持つやるせなさを上手に表現していた。4人になったオフコースはこの対称性が影を潜め、モノトーンな色彩になった。しかし、それだけでない、1984年以降の日本はバブル経済に突入し、人々はより明るく享楽的な音楽を求めるようになった。そのため、人生の影を引きずるようなフォーク系は後方に追いやられ、オフコースもその一部に見なされていた。しかし、小田は90年代以降、その繊細さを人生の応援歌にまで昇華させ復活する。正直、見事とし言いようがない。